小説

『桜桃の色の朝陽』柿沼雅美(『桜桃』太宰治)

 「いろんな子がいるんだもん、風邪はもらってきちゃうよどうしても」
 「やっぱり無認可だからそういうところいい加減なんじゃないの」
 聡史がしゃべるのと同じ音の大きさでビールを飲む。
 「でもさらっと認可には無理なんだって。私の仕事だっていつ契約切られるかも分からないし、正社員で働いてる人だって、聞いてみたら色々条件があって点数式になってて何点だと順番待ちにどうこうとか関わってきてるんだから」
 「へー」
 私がまじめに話をはじめると、へー、とだけの返事になるのはいつものことだった。
 「まぁ、それならしかたないのか」
 「うん」
 いよいよ、えれながうううう、とぐずり出した。聡史は、なに、どしたの、と話しかける。眠いから座ってるの嫌なんでしょ、と、私がえれなを抱き上げると、重そうだなぁ、と聡史がへらへら言う。重いから聡史が抱っこして布団に寝かせてあげたら? と聞くと、今ビール飲んじゃったからいい、と言った。私は、そっか、と言ってえれなを布団まで連れて行った。
 保育園でお昼寝の時間に寝つきがよくなかったから本当に眠いんだろうと思う。いつもなら布団に置き去りにすると、ギャーッと、さも捨てられるんじゃないかというくらい喚くのに、今日は布団に降ろされたのも気が付かないようだ。
 「今日ね、保育園の先生が、えれなが成長してるって言ってくれたんだよ」
 テーブルに戻り、肉とスープを飲み込んで言った。
 「大きくなったもんな」
 聡史は帰ってきてはじめて私と目を合わせた。
 

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