小説

『桜桃の色の朝陽』柿沼雅美(『桜桃』太宰治)

 皮をむいてすりおろしたリンゴと野菜スープの汁だけを耐熱容器に移し、ラップをかけたかぼちゃの横に置いて電子レンジに入れる。ブーンブーンというレンジの音にかぶせて、えれなーえれなーと口が勝手に動く。熱いかぼちゃをスプーンでつぶしながら濾し、容器に加え、同じスプーンですりつぶしたチーズもやはり濾してスープの中に入れて混ぜた。黄色くとろとろになったスープをえれなのトレーに載せた。
 ミックス粉に牛乳と卵、にんじん、バナナを混ぜて作っておいた蒸しパンを冷蔵庫から取り出して電子レンジにかけた。蒸しパンは、手のひらサイズで花の形をしたシリコンスチーマーに入れたため、そのまま温めれば花の形の通りにふわっと出来上がってくれる。
 えれなにスタイをかけて蒸しパンとスープの載ったトレーを前へ置くと、えれなはじっとそれを見てから、不満そうに私を見上げた。なに? と思わず私も不満そうに返すと、えれなが手を挙げたのでサッとトレーをずらした。思った通りえれなの手はテーブルをバンバンと叩いた。構ってられないのでそのままスプーンを持って離乳食を口に運ぼうとすると、スプーンをパシッと叩いた。あぁ、と思う。あぁこの猫のスプーンが嫌なんだ。キッチンに戻って、クマのスプーンを持ってくると、えれなは、はうはうと息を立てて満足そうに食べてくれた。洗い物が増えた、でもいいのだ、子供が大事だから。
 えれなにごはんを食べさせながら夕方のニュースを見はじめた時、インターフォンが鳴った。オートロックのマンションは安心だが、来る人の動きに合わせてマンション入り口で解錠のボタンを押しまた玄関前でもボタンを押し、というのが面倒に感じていた。
 「ただいまー」
 特に感情もこもっていないような聡史の声がする。
 「おかえり。鍵持ってるんだから鳴らさなくていいって言ってるのに」
 郵便受けに残っていた葉書やチラシを受け取ってそのままゴミ箱へ捨てる。
 「家にいるのが分かってるのにわざわざ鍵出して開けるの面倒だろ」
かばんから鍵を取り出すのと、ガスの火や電子レンジをそのままにして、えれなが離乳食で遊んだり食器を落としたりしないか気にかけながらえれなとは別の大人用のごはんの支度をするのとではどちらが面倒なのか、と言いかけてやめた。
 

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