小説

『走れ孫よ』及川明彦(『走れメロス』太宰治)

 普段は無口で動きものっそりしているから、会社で出世もできず周りからは木偶の坊だと陰口を叩かれることもあった。だがそんな父さんが珍しくきっぱりと言い切ったので、誰も文句を言えなかった。妙な迫力のようなものがあった。そして僕は、初めて心の底から父さんをかっこいいと思えた。
 松島海岸駅からタクシーに乗り実家に帰り、急いでスーツから喪服に着替える。できればじいさんには喪服ではなく、学ランからスーツ姿に変わる孫の姿を見せてやりたかった。大学の合格発表を自宅のパソコンで確認し、受かったと分かった時は真っ先にじいさんに報告した。じいさんは車椅子の上で手を叩いて喜んでくれた。それから数日もせず亡くなるなど、じいさん本人も思ってもいなかっただろう。もちろん、僕も。
 喪服に着替え終わったところでちょうど、父さんの弟、僕にとっての叔父さんが車で実家に迎えに来てくれた。身なりが乱れていないことを確認し、僕は叔父さんの車に乗り込んだ。これでようやく一息つける。
「入学式、どうだった」
「別に出なくても良かったかも。退屈な話しかなかった」
「そうか……」
 叔父さんは普段はお喋りで快活な人だが、式場に向かう車内にはエンジンの駆動する音だけが響いていた。僕は、まさにお通夜ムードだなと不謹慎なことを考えていた。そして叔父さんの横顔を見て、いつも明るく振舞う人ほどこういう時は沈痛な面持ちになるのだと実感した。
 葬式場までの道のりは、思ったより車で混雑していた。あの大きな災害から、いくらかは賑わいを取り戻したからだ。順調に復興するのは良いが、どうか今日ばかりは道を譲ってくれないものか。しかしこの辺りの道路は狭く、信号も多い。
 

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