小説

『走れ孫よ』及川明彦(『走れメロス』太宰治)

 思えば昔から、頑固で偏屈なじいさんだった。
 昔ながらの亭主関白でお婆さんを困らせてばかりいたし、入院した時も病院の飯は不味いだの、家に帰るだの言って看護師さん達に向かってしょちゅう怒鳴っていた。よくあんなじいさんから、無口な父さんや物事を冷めた目で見る僕が生まれたものだ。
 本当に父と僕はじいさんに似ていないと思う。だって僕なら、明日は孫の大学の入学式だという日に、眠るようにして死んだりはしない。
 いつもは家族が眠れないほどのイビキをかいて寝ていたくせに、昨日はそれが気付けばピタリと止んでいた。父さんが心配して様子を見に行ってみれば、案の定呼吸も心臓も止まっていた。止まったまま、二度と動かなくなった。
「次は松島ー。松島で、ございます。お降りの際は……」
 いつもは仙台から30分で行き来できる快速列車も、今日ばかりは遅く思えた。だが何事もなければ、父さんの言っていたように読経前には間に合う。
 葬式は入学式が終わってから出れば良い。ぎりぎり間に合うだろうから。父さんも父さんで無茶を言う。
 正直、大学の入学式など強制出席ではないのだから、僕は別に出なくとも良いと考えていた。親戚達も「この忙しい時に」と父さんに反対していた。僕もそう思う。一生に一度のことかもしれないが、こういう時は冠婚葬祭を優先すべきだろう。
『でも死んだ人間より、これからを生きる人間の方が大事だから』
 その一言で、父さんは親戚達を全員黙らせた。
 

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