小説

『鼻の居所』あおきゆか(『鼻』ニコライ・ゴーゴリ)  



 さて、それから三日後の、三月十八日である。
 コワリョーフ氏の屋敷には、氏の家族や親しい友人はもとより、役所の人間も一堂に会した、盛大なパーティが開かれていた。
「お集まりのみなさん」
 コワリョーフ氏は招待客を広間中央に集めた。彼の横には例の肖像画が置かれている。
「これより私の肖像画をご紹介します。実を言いますと、まだ私自身もこの絵を見ていないのですがね・・・。それではご覧いただきたい」
 氏は満面の笑みを浮かべつつ、絵にかかった布を取り払った。
「まあ!」
 さっそく正面の前に立っていた女性が声を上げた。コワリョーフ氏は、それを感嘆の声と受け取り、満足げな顔でゆっくりと肖像画のほうを振り帰った。
 しかし、そこに描かれていたのはコワリョーフ氏の顔ではなかった。いや、たしかに顔のある一部分はあった。むしろ、「ありすぎた」と言うべきか。
キャンバスのなかには、タキシード姿の恰幅の良い紳士の首から上に、大きなウリほどもある鼻が、にょっきりと突き出ていたのである。
(これはいったい何なのだ!)
 驚愕したコワリョーフ氏は、あわてて絵を覆い隠そうとした。だが、奇妙なことに、その場にいた客たちは皆、つぎつぎにこの絵に賛嘆の声を上げはじめたのである。
「そっくりですわ」
 最初に声を上げた夫人が言った。
「とてもよく特徴をとらえているね」
 その隣の紳士も鼻の絵を褒めた。
 

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