小説

『蛤茶寮』水里南平(『蛤女房』)

 翌朝、起きると、彼女は厨房に立っていた。
「勝手に厨房に入ったことはお詫びいたします。ただ、どうしても私の料理を味わっていただきたかったものですから」
「まあ、構わないが……」
「ありがとうございます。急ぎお持ちいたしますので、ご主人様はお席でお待ちになっていて下さいませ」
 先日、海で蛤を釣り上げたのは偶然だろうが、これ程の偶然があるものなんだと、苦笑しながら席に着いた。味噌汁の出汁が何なのか不安に思いつつ。
 彼女が盆に器を乗せて現れた。
「お味見をお願いいたします」
 テーブルの上に、味噌汁の入った椀と、飯の入った茶碗、箸置きに箸が置かれた。
 先程までの私の不安は、この瞬間にどうでも良くなっていた。香しい味噌汁に、艶やかな飯。私は一気にそれらを食べ尽くしてしまった。
(うまい! うますぎる! いや、うまいなんて表現では、彼女と彼女の作った料理に失礼だ!)
「いかがでございましたでしょうか?」
「言葉にならない……それ程までに、美味しい……」
「ありがとうございます!」
 彼女が、満面の笑みを浮かべる。
 私の心臓は高鳴り、彼女の料理を食べ尽くしたい、いつまでも食べていたいという激情に駆られていた。
 

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