小説

『傘売りの霊女』香城雅哉(『マッチ売りの少女』)

 空が赤く染まり、夕焼け雲がゆっくりと流れていく。人は皆、家路へと急いでいる。随分と心が晴れたように感じる。不思議な出会いが答えを導き出してくれる。それが正解か不正解かは分からないが、心が満たさされば私は成仏できるかもしれない。
「お姉ちゃん、こんにちは」
 満面の笑顔で声を張り上げたのは小さな男の子だった。傍には母親らしき女性が微笑んでいる。
「こんにちは。お母さんと散歩かな?」
「違うよ。だって、お母さんも僕も死んでるんだもん」
 私は絶句した。少しの間、頭の中を整理した後に返事をする。
「死んでる?」
「そう、死んでる。お姉ちゃんも死んでるんでしょ?なんとなく分かるんだ」
 すると母親らしき女性が会話に入ってきた。
「いきなり、すみませんねえ。この子はすぐにあなたのような方を見つけたら、声をかけるんですよ」
 同じ境遇にあるのだろうか。この世に何か未練を残して彷徨っているのだろうか。霊には霊の事情があるのだろう。母と子。決して望まれない死であったには違いない。
 私は己の短き人生を語った。
「なるほど。私たちも同じようなものです。最期のことはよく覚えてませんが、夫を亡くし、貧しく暮らしていました。それでも、この子のために死に物狂いで生きようとは決心していました」
 傘売りをしていると、周りで様々なことが起きた。物騒なことも多々あり、一人でいると心細くなることはしばしばあった。そういえば、親子が通り魔強盗に遭った話も何度か聞いた気がする。もしかすると、その被害者なのかもしれない。
「傘ですかあ、難しい問題ですね」
 女性が首を傾げていると、子供が何を閃いたように叫んだ。
「空を飛べる。傘は風に乗って飛べるんだよ」
 

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