小説

『傘売りの霊女』香城雅哉(『マッチ売りの少女』)

「私にとって打球は仕事でした。お得意先の社長とよく行っていました。この打球ができる場所は限られておりまして、結構なお金がかかります。道具を揃えるのにもお金がかかります。一度遊ぶだけで、その傘が数十本買えほどのお金がかかります」
「えっ、そんなに」
「驚きましたかな。この打球はいかに少ない打数で遠くの穴に入れることが出来るか競い合う遊びです。ただ、お得先の社長といくときは機嫌を損わぬようわざと負けるのです。うちの社長からの命令でしたね。それで仕事が貰えるならと従っておりましたが、ある日、私が勝ってしまったのです。本気でやっているように見せて、わざと負ける技術というのはなかなか難しいことですよ。その次の日から一方的に契約を破棄されましてね。そこから、私は転落人生まっしぐらです」
 初老の男はため息をつく。
「仕事も家族も失い……こんな不幸話、聞いても面白くありませんな。そうそう、傘でしたな。私は本来の使い方とは違ったことをしていました。人間も様々な生き方がありますが、自分が思っている以上に隠れた才能があると思うのです。お爺さまも亡くなられる前に伝えたかったのかもしれません。もう、傘売りとしてではなく、自分の他の可能性を探してほしいと」
 祖父は多くを語らない人だった。私が傘売りを嫌っていたことを知っていたのだろうか。傘売りからは逃げたかった。しかし、別の生き方を考えたこともなかった。
「では、私はそろそろ行きますかな。もう少しだけ生きてみて、疲れたらお嬢さんに会いにいくかもしれせん。その時は宜しくお願い致します」
 初老の男は杖をつき、ゆっくりと歩いていった。
「宜しくお願いします」
 私はそれ以上、何も言わなかった。。死んだ人間が生きている人間を励ます言葉が浮かばなかったのだ。気づけば傘は最後の一本になっていた。
 

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