小説

『傘売りの霊女』香城雅哉(『マッチ売りの少女』)

「私が言うのもおかしいが、お嬢さんはそこで何をされているのかのう?」
 初老の男の顔はよく見るとやつれていた。ひどく狼狽している。吐き出される言霊にも力がない。
「傘を売っています。厳密には生きている時に傘を売っていたのです。今はただ傘を並べて座っていると言ったほうが正しいかもしれません」
 初老の男は大きくため息をついた。
「ふむ、あなたはこの世の方ではないというわけか。なるほど……私は今年還暦を迎えます。このかた六十年、あなたのような方と出会ったことはありません。初めての経験です。いわゆる霊感は全く持ち合わせていなかったのです。つまり、私も死期が近づいているということかもしれせんな」
「体調がよろしくないようですが、ご病気か何か?」
 初老の男は微笑んだ。
 私は己の短き人生を語った。
「ほう。私の大先輩ということですな。そろそろ、身でも投げようかと考えておりまして。傘ですかあ……あまり思いつくことはありませんが……お嬢さん、打球という遊びをご存知かな?」
「いえ、分かりません」
 遊んだ記憶がない。どんな遊びをしていたか思い出せない。遊ぶ暇があったら傘を売れ。親や祖父にそう言われていたわけではないが、使命感にも似た気持ちに駆られていたように思う。
「玉を打って、穴に入れるという遊びです。その玉を打つ道具が傘に似ておりましてね。傘売りの前で不謹慎な発言かもしれませんが、傘を持って歩いていると、つい体が反応して石ころなどをよく打ったものです」
 初老の男は立ち上がると壁に立てかけていた杖を両手で持ち、杖先で地面に転がる石を打った。
「こんな感じでね」
 石が私の目の前を跳ねていく。
 

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