小説

『傘売りの霊女』香城雅哉(『マッチ売りの少女』)

 雲間に太陽が隠れている。風はない。次に太陽が顔を出すまでしばらく時間がかかりそうだ。旅人で辺りは賑わっている。
「あのう、ちょっと宜しいですか?」
 メガネをかけた若い女性が目の前に立っている。その横で、華奢な若い男が不思議そうな表情で女性に問いかける。
「誰と話してんの?」
「ああ、見えないんだね。あそこの椅子で待ってて。すぐに行くから」
「はあ?意味わかんねえ。気持ち悪りよ」
「いつものことじゃん」
 私はしばらく二人のやり取りを見守っていた。
 華奢な若い男がしぶしぶ立ち去っていく。
「こんにちは、お姉さん。ここで何されているんですか?」
「私はここで傘を売っています。まあ、もう売れることはないと思うんですがね」
 メガネの若い女性は微笑んだ。
「ただ、傘を売っているわけではないでしょう。何か事情がおありじゃないんですかね?」
「あなたが二人目ですよ。二日酔いの男の方から一度話しかけられたことがあります。お察しかもしれませんが、私はすでに死んでいるのです」
 メガネの女性は驚くことなく、何度か頷いた。こういう種の人は普段から、私のような存在と触れ合っているわけで、非日常ではないのだろう。
 私は己の短き人生を語った。
「あいあい傘。お姉さん、あいあい傘したことあります?」
 メガネの女性は呟いた。
 

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