小説

『もみの木』小高さりな(『もみの木』)

 剛は、独り言のように呟いた。
「そもそもアイドルっていうのは、そんな簡単になれるものなのか」
 今野は慌ててそばを飲み込んで、剛の問いに答えた。
「まあ、今の子達には門戸は割合広いんじゃないですかね。地元アイドルとか、いわゆる普通っぽい子もアイドルの中にいますから。言うなれば、今は、アイドル戦国時代ですよ。多種多様なアイドルがひしめきあっていますからね」
 興奮気味に話す今野に、剛が聞いた。
「アイドル好きなのか?」
「普通に好きですよ。頑張って、きらきらしてるとこを見てると、つい応援したくなるっていうか。あと、やっぱ、応援しているグループがテレビ出たり、人気出てくると、うれしいですね」
 今野は目を輝かせて言った。
「今度、一緒に行きます?」という今野の誘いを断る代わりに、剛は伝票を持って、会計に向かった。
 遅れて店の外に出てきた今野が剛の背中に向かって、調子よく言った。
「ゴチになります」
 剛のため息は、冬の風にかき消された。

 その日、剛は仕事に熱中し、家に着く頃には十時を回っていた。
 遅くなったのは、断じて遥と顔を合わせるのが気まずいからではない、剛は自分にそう言い聞かせた。
 帰って早々、夕食を温め直しながら、悠子が言った。
「ねえ、あなた、お義母さんから今日も電話あったよ、今年は帰るのかって」
 

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