小説

『もみの木』小高さりな(『もみの木』)

「お父さんはさ、男の子の方がよかったんでしょ。それで、一緒にキャッチボールしたいんでしょ。男の子がさ、野球やりたいっていったら、反対した?」
 久しぶりに遥と目が合った、と思ったのも束の間、予想外の遥からの反撃に、剛はしどろもどろになった。
「な、今はそんな話じゃないだろう?」
「男の子でも何でも、もらうか、産めばいいじゃん。それで、私のことはほっといて、好きにさせてよ」
遥はそう言い放つと、席を立ち、リビングのドアを乱暴に閉めた。
一人になったリビングで、剛はぽつりとつぶやいた。
「俺、そんなこと言ったけな」
 剛は思い返した。キャッチボールと言えば、確か遥が小学生低学年の頃だろうか。
 一緒にキャッチボールをして、泣かせたことがあった。力加減を間違えたボールが遥の顔面に当たり、怪我こそなかったものの、遥は大泣きした。それ以来、剛は一度もやろうと誘わなかった。
 だが、それが今回のことと何の関係があるんだ、と剛は自分に問いかけた。剛は、頭を横に振り、「もうやめだ、やめだ」と小さく言うと、チャンネルに手を伸ばし、テレビをつけた。

 昨日の残業おかげというべきか、せいというべきか、今日、剛の仕事は思いのほか早く片付いた。時計を見ると、七時前には帰れそうだ。
 問題は、家を出る前に、この前のことがあるので、悠子に「遅くなる」と告げてしまったことだ。このまま家に帰るのも、そう思った剛の足は自然と本屋に向かっていた。
 

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