小説

『白雪姫は何人?』こさかゆうき(『白雪姫』)

 声を少し張り上げて、目の前で調理している大柄の男に注文を告げる。それにしても騒がしい店だ。客のほとんどが漁師の団体らしく、店員にも無理矢理酒を飲ませていた。普段ならもっと静かな店がよかったが、話の内容が内容なので、今日にかぎってはこんな雰囲気のほうがありがたかった。もし香取がそこまで計算してこの店を選んだとしたら、かなりできる男だと認めざるを得なかった。
 私のビールが来るのを待って、私たちは「おつかれさまです」と言いつつ乾杯をした。一息で 3 分の 1 ほど中身を飲んだ。苦味が強すぎないオリオンビールが、喉を心地よく潤した。
「中島先生は、好きな童話とか昔ばなしってあります?」
 おっと、いきなり本題に入ろうというのか。まあ、それはそれでいい。私だってこの話をしたくて、香取の誘いに応じたのだ。
「イソップ童話の『うさぎとかめ』が好きです。小さいころ、母に何度も読んでもらいました。それで、お話が終わると必ず最後にこう言うんです。『里美、何をするのでも努力し続けることが大事なのよ』って。お陰でコツコツ努力して、このとおりマジメな人間に育ちました」
 そう言い終えるのと同時に、海ぶどうとだし巻き卵、島らっきょうがテーブルに運ばれてきた。香取が丁寧にだし巻き卵を切り分け、小皿に盛った。
「ははは。中島先生、おもしろいですね。それにしても童話って、教訓の宝庫ですよね」
だし巻き卵がのった小皿をひとつ、わたしの目の前にとんと置いて、香取が言った。
「ありがとうございます。香取先生は…香取さんは、好きなお話、ありますか?」
「うーん。そうだなあ。強いて言えば、『赤ずきんちゃん』かな」
「へえ、意外。どうして?」
 

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