小説

『白雪姫は何人?』こさかゆうき(『白雪姫』)

 校舎を出ると、濃厚な潮の匂いが鼻先をかすめた。いつもならまったく気にならないのだが、今日にかぎっては、その水分をたっぷり含んだ島特有の風が鬱陶しく感じられた。車を止めてある敷地内の駐車場を通り過ぎ、私は通りに出てタクシーをつかまえた。
 『琉球居酒屋ぱいかじ』は大通りから一本入った、人気のない路地裏にあった。島は島だが、都下に属するこの島に、どうして琉球居酒屋を開こうと思ったのか、謎である。
 中に入ると、大きな笑い声とともに、むっとした熱気が全身に迫ってきた。
 意外にも多くの客で賑わっていた。見たところ、ほとんどが地元の人間のようだった。この島に来て、わざわざ沖縄料理を食べようなどと考える観光客などいないだろう。
 香取はカウンター席に座り、ひとりでオリオンビールを飲んでいた。
「ああ、中島先生。こっち、こっち!」
 よく日に焼けた顔をこちらに向けながら、大きな声を張り上げてわたしに手を振っている。体育の教師だけあって、さすがに声量がすごい。私は恥ずかしくなって小走りでカウンター席へ向かった。
「学校の外で『先生』はやめてくださいよ。保護者がいるかもしれないじゃないですか」
 私は小声で香取を咎めたが、本人はまったく気にしていない様子で、
「先生、何飲みます?」
とメニューを寄越してくるのであった。私は渡されたメニューを眺めた。頼むものは最初から決まっているのだが。
「すみませーん、オリオンビールをもうひとつ」
 

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