小説

『おばあちゃんのおせち』石川理麻(『鶴の恩返し』)

 祖母は口ベタで、お世辞を言ったり機嫌をとったりするような人ではなかったけれど、誰からも好かれて頼られていた。豪快な人だった。
 ビビるとか、怖いとか、逃げるとか、そんな人間臭くて弱っちいキーワードは、彼女の辞書にはないのかもしれない。いや、あるのかもしれないけど、私も、彼女の子どもである母や叔母たちも見たことがない。

 12月29日。母の50回目の誕生日。家族でささやかなパーティーをしていたら電話が鳴った。電話に出ると大阪の叔母からだった。
「おばあちゃんが救急車で運ばれた!」
 祖母はもともと心臓が弱く、ときどき病院に運ばれる。この日もお風呂から上がったら急に苦しくなってしゃがみこんでしまったという。
「今日はいつもより苦しそうだったから、おっちゃんの車じゃなくて救急車を呼んだの。でも大丈夫。ストレッチャーの上でピースサインしながら『ちょっと行ってくる』って。一応、報告の電話をしとこうと思ってね」。
 聞くと、叔母が救急車を呼んだ後、祖母は慌ててきれいな下着や洋服に着替えて薄化粧をした。お風呂から上がったばかりだし、前日に美容院に行って髪もさっぱりしているし、とても心臓が苦しくて病院に運ばれる人には見えなかったそうな。
 「おばあちゃんらしいね」
 「普通、息苦しくなったり、救急車が来るとか思ったらパニクるよね」
 「そういえば『もし救急車で運ばれるようなことあったら、勝負下着に着替える』って言っていたよね。救急隊員が男前かもしれないから」
 「今も新しい下着に着替えたらしいよ」
 「えー、本当に着替えたの?!」
 電話を切った後、家族で祖母の話をして笑っていた。
 すると20分後――。
 「おばあちゃん、救急車の中で死んでしんじゃったよ!」
 電話をしてきた叔母も、まだ信じられないといった感じだった。ピースサインをしたすぐ後に、笑顔で息を引き取ったらしい。自分の誕生日に母親を亡くした母はさっきまでの笑顔はなくなった。「私だけ東京に嫁いで、なんにも親孝行できなかったから。私が命日を忘れないように今日にしたのかしら」。
 

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