小説

『赫い母』つむぎ美帆(『子育て幽霊』)

「瀬田君知らない? 子育て幽霊の話」
 昔々の話。夜更けの飴屋に一人の女が飴を買いに来た。一銭を渡して水飴を買い、どこかへ帰っていく。それが続いたある夜、店主が気になって後をつけると、女は墓地へと向かい、真新しい土饅頭の前ですうっと姿を消した。土の中から赤ん坊の泣き声が聞こえ、土饅頭が暴かれる。中には女の骸、その横に生まれたばかりの赤ん坊が飴を手に泣いていた。自分が死んだ後に生まれ出た赤ん坊のため、母は幽霊となって飴を買い、その飴で子供の命を繋いだという。
「それがこの飴?」
「本当は水飴らしいけど」
 結局一つ貰って舐めながら訊くと、答えた郁美の口の中から、飴が歯に当たる、こり、という音が聞こえた。
「飴が尽きた後はどうするつもりだったんだろうね」
 郁美はぽつりと呟いた。私に尋ねているというよりは、まるで独り言のようだった。
「尽きた後?」
「幽霊はちゃんとお金を払って飴を買った。一つ一文。死人が持ってるのは六文だから、買えるのは六回までって最初から分かってるじゃん」
「六文……あぁ、六文銭ね」
 そういえば昔は、三途の川の渡し賃として六文銭を棺に入れる風習があったっけ、と思い出す。郁美は緩慢に頷いた。
「後は土の中で餓死するしかないよね、結局。死ぬまでの期限を少し長引かせただけじゃん。
飴屋の主人が気付いたから結果オーライだけど」
 相変わらず、私に言っているというより自分自身に語りかけているような口調で郁美は続けた。自分の母親のことを言っているのだろうか、と、何故か私は思った。
 急に空気が重苦しくなったように感じ、それを振り払おうとして、無理にでも何か言おうと私は口を開いた。
「でも、六文銭を使い果たすつもりがあったってことは、自分が三途の川を渡れなくなってもいい、ってことだろ。
ずっと自分の子供の傍にいる、って覚悟があったってことじゃないのか」
 そう言うと、郁美は私を見た。ずっと会話していたのに、今初めて私がいるのに気付いたという顔だった。
 

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