小説

『赫い母』つむぎ美帆(『子育て幽霊』)

 私たちの中学校では、修学旅行は三年の春に行われる。
 行先は京都。三人から五人程の小グループを作り、事前に計画して担任に提出したプラン通りに名所を巡るのが主な行程だ。旅行から帰ったら、それぞれにレポートを書いて提出する。
 だが、いちいちすべてのグループに監視が付くわけではない。レポートは必ずしも計画通りに現地を訪れなくても、後で本などで調べたりすればどうとでもなるものだ。よって、計画を無視して好き勝手な行動に走る者も少なくはなかった。私のいた男子四人のグループも、一人が別グループの女子と一緒に行動したいと言い出し、結局バラバラになってしまった。
 予定を蹴っても、私には他にやりたいこともないので、取り敢えず一人で予定通り六波羅に向かってみた。
 六道の辻の辺りまで来た時、その傍にある建物から出てきた人影があった。羽嶋郁美だった。
彼女も一人で歩いているらしかった。グループ分けの時、お情けみたいな感じで一組の女子グループにメンバーとして拾われていたようだが、計画を立てる段階で既に仲間外れにされていた様子だったから、そもそも共に行動することなど望まれていないのだろう。彼女自身、それを感じ、自ら一人で歩くことを選んだのではなかろうか。
郁美は何か小さな包みを抱えていた。顔を上げた彼女は、向かいからやってくる私に気付いた。こんなところで同級生同士すれ違うのだから、何か声を交わすべきじゃないだろうか。黙って行くのも不自然じゃないか……と何だか慌てた気持ちになったところに、思いがけず、郁美がぬっと、手にした包みを差し出した。
「食べる?」
 包みの中には、べっこう色の小さな塊が幾つも入っていた。
「……飴?」
 突然のことに、躊躇も驚きも忘れて訊き返すと、彼女はこくっと頷いた。
 何でいきなり、と思った時、ふと彼女は振り返り、いましがた自分が出てきた建物を指差した。
「そこで買った」
 そして、自分でその飴を一つ口に放り込んだ。
「幽霊が買った飴だって」
「はぁ?」
 突拍子もない言葉に、思わず声を出してしまった。バカにしたような響きだっただろうかと一瞬置いて気になったが、郁美は別段気に障った風もなく、淡々と話した。
 

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