小説

『プラネタリウムの空』中野由貴(『シンデレラ』)

 場所のもつ記憶を呼び起こすしかけを使って参加者それぞれの希望する年代に沿った風景が見られるようになっている。
 申し込んだときの説明によると、参加者は二つにわかれるそうだ。
ひとつは、昔を知らない若い世代。学校教材として学習のために参加するグループも多いという。
もうひとつは過去を懐かしむ世代。あのときの気持ちを思い出し、あるいは確認するために参加する。 長い時間生きていると、どうしても、かつてそこに私が生きていたという証拠を再確認したくなるもののようだ。生きていることを忘れない様に。
 私も。あの頃、私が住んでいた平成のはじめの頃の東京の確認を。戻れるわけではないことはわかっているのに。
「デハココカラ、二時間、アナタノ望ンダ時間ニナリマス。十二時マデデス。ドーゾ、オタノシミクダサイ」
ロボットは、懐かしい紙幣や硬貨を手渡してくれた。「あの頃」の街では買い物もできる。
またエスカレーターに乗る。参加者はたくさんいるようだが、みなそれぞれに自分の時間を楽しむ設定なので、あまり気にならない。
 エスカレーターを降りた途端、私の二時間の「あの頃」がはじまった。
 記憶の底の、あの商店街が活気づく。真ん中に向って十時に道が伸びている。十字路の前は高級果物店、その向かいの本屋。本屋の向かいのウインドーには和風の文房具が並んでいる。私が大好きだった和紙のお店。
 洋食屋を探した。あの日の、あのビルヂングで三人で食べたオムライスをもう一度食べたい。せっかく東京まで来た両親に、どうしてもっとご馳走しなかったんだろうとずっと思ってきた。だからここに来た。
「あの日の元気な父と母に会いたい」。
 そう思った瞬間、 目の前にふたつの影が歩いていた。
父と母が並んで歩く影だ。
 はっとした私に、声が聞こえた。
「あなたの遺伝子に近い人を呼びだすことはやさしいです。しかし残念ながら、建物や店を詳細に再現することと異なり、本来の人の形を忠実に再現することは、あなたの記憶だけでは極めて難しく、その映像は陰になります。ご了承ください」
 

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