小説

『プラネタリウムの空』中野由貴(『シンデレラ』)

 こんな天気だから地上を歩く人をほとんど見かけない。ガランとした静かな丸の内界隈。
 あの頃見た日曜日の丸の内の風景と同じ。
 休日しか見ることのできない人の気配のない街。自動車も少なくて、道路は広さを自ら強調している。いつもは人を飲み込んでいる街の空気が今日は、ガランとしている。
 でもあの頃、あのビルヂングは、これから東京の街にまぎれていく沢山の人に見られ、たくさんの人を迎え入れているという威厳と、貫禄のある建物だった。ガランとした空気の中でも姿勢よく立派にしていた。
 目の前の東京の街が、だんだん私の暮らしていた「かつての」東京に変わっていく。
 これは魔法じゃない。
 科学のおかげ。
 世界中どこにいても誰とでも連絡が取れる通信機器の発達。電子マネーの登場で世界共通の単位で取引ができる。お金はもうこの世の中では画面上での数字でしかない。中でも飛躍的に進歩したのは地上での交通機関の発達だろう。超伝導が実用化され、この二十年で交通機関は、私がどこにいてもあっというまに東京まで運んでくれる。
 そうなると、遠い憧れの場所は、もう誰のものでもあり、誰のものでもない。憧れは薄まり、次第に消えてしまった。今の若者にはそんな憧れを生み出す力がこの街にみなぎっていたことさえ理解できないだろうな。
「あ、若者だって。若いも、年寄りもない世界になったのに」
 科学の発達は人間の寿命まで奪ってしまった。死のうと思えばいつでも死ねるし、生きようと思えばいつまでも生きることができる。衰えた骨も筋肉も合成のものに替えればいいし、内臓も機械のパーツを交換するかのように人工のものと取り替えることができるのだから。
 こんな時代だから人間はずっと死ぬまで疲れていなくちゃいけない。
 便利さを追求された究極の未来……私たちは地理的な距離に憂鬱さをそれほど感じない。科学の発達は乗り物のスピードを向上させ、通信機器は新しい情報を地球の裏側や月にさえ瞬時に届けている。しかし人間の欲というのはそれ以上に際限がない。残された課題は、時間のもつ距離だ。宇宙の果てまで届きそうなスピードを持った現代社会でさえ、時間の壁は越えられない。人間のあくなき便利さへの追求は、様々の夢を膨らませたけれど、様々の憧れや感動を消し去ってしまった。
 未来を追いかけすぎた人間の、便利さと豊かさが交錯したところから見えるキラキラ輝く憧れは、過去という時間になった。
 

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