小説

『救われた人魚姫』あべれいか(『人魚姫』)

「俺が王子だったらきっと間違えなかったよ。」
「・・・。」
 静かに、そして強く言い切った章吾。2人を纏う空気が微かに揺れる。
「俺なら間違えない。」
 章吾は繰り返し言葉を紡ぐ。あまりに真剣なその瞳に、訴えかけるようなその視線に、私はグッと黙り込んでしまった。視線を反らし、机の上の一点を見つめる。
「まぁでも、王子って最低な野郎だよな。自分の勘違いから女の子が一人、泡になるのに、それすら気が付かないで幸せに暮らすんだもんな。」
 じっと動かなくなった私にフッと優しく微笑んでから、そうつぶやいた章吾の言葉に、なんだか悲しい気持ちになった。
 人魚姫は最後、どんな気持ちで人魚姫は海に飛び込んだのだろう。元いた世界には戻れず、唯一求めた相手からは愛されず、きっとこの世に一人ぼっちのような気持だったのではないだろうか。
あの日と同じように開け放たれた図書室の窓から入り込む静かな風が、カーテンをゆらゆらと揺らしていた。

 数日後、未央からの連絡で、結城君と仲直りしたことを知った。“最初は勘違いからだけど、一緒に過ごすうちに未央自身を好きになった”と結城君に改めて告白されたんだ、と電話越しに嬉しそうに話す未央の声を聞いて、私も嬉しくなった。自分の回転不足で、かみ合わなくなった2人の歯車が再び一緒に回り始めたことにホッとする。

 いつの間にかすぐそばまで近づいてきた夏を感じる、7月の終わり。教室の窓から見える空はどこまでも青く澄んでいる。
「これから結城と一緒に帰るんだ。じゃあ風香、また明日ね。」
 そう言って、立ち去る彼女の後ろ姿を、3か月前とは違った暖かい気持ちで見送る。
「私もまた髪の毛伸ばそうかな。」
 長い髪が揺れる未央の後ろ姿を見て、そっと呟いた。私はいつものように図書室へと足を運ぶ。今日も章吾はいるだろうか。そんな期待を胸に図書室の扉を開けた。
 でもそこに章吾の姿はおろか、人影はなく、閉め切られた空間に初夏の熱気が籠っていた。
「うわ、蒸してる。窓開けなきゃ。」
 カーテンをかき分け、カラカラと窓を開ける。日が長くなったこの頃、まだ明るい陽射しの中で下校をする生徒の姿が窓から見下ろせた。
 

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