小説

『救われた人魚姫』あべれいか(『人魚姫』)

 でも、ついさっき私の目の前で泣きじゃくっていた未央の姿は、過去の自分を彷彿させた。ただ、今感じるのは昔のような胸の痛みではなく、戸惑い。
「結城は私に告白する予定じゃなかったってこと!」
 未央から発せられた言葉が頭の中でこだまする。
 結城君が言う“入学試験の日に筆記用具を貸してくれた女の子”というのは、私のことだ。
 入学式の日タイミングを逃した私は、時間も経ってしまい今更な気がして、結城君に今の今まで入学試験のことは言わずに過ごしてきた。むしろ自分でも忘れていたくらいだ。その話を今日、まさか未央の口から聞かされるとは思ってもみなかった。
 もし以前の私だったなら、「もっと早く結城君に入学試験での話をしていれば…。」と、ひどく後悔しただろう。でも、結城君への気持ちが無い今、ただ浮かぶのは未央の泣きじゃくる姿。彼女が胸を痛めている原因に自分が少しでも関わっていることに申し訳なささえ感じる。
「はぁ…。」
 思うようにはかみ合わない運命の歯車をもどかしく思う。一つ溜め息をついたところで、胸につかえるモヤモヤを払拭することはできなかった。

「あれ?」
 普段はあまり手を付けない一番上の棚の整理を進めていた時、奥の方に一冊、小さな本が入り込んでいるのを見つけた。不安定な椅子の上で爪先立ちをしながら、手を伸ばして奥の方にあった本を引き出す。
「わぁ、懐かしい。」
 自然と笑みがこぼれる。それは、幼い頃に何度も何度も読んでもらったアンデルセン童話シリーズの『人魚姫』。
 かつて人魚姫は、嵐に遭い難破した船から溺死寸前の王子を救い出す。王子は朦朧とする意識の中、救ってくれた人魚の姿を目にするが、その後人間の姿となり会いに来た人魚姫を見ても、あの日自分を救った人魚だとは気が付かない。いつしか事実は捻じ曲がり、王子は偶然浜を通りかかった娘を命の恩人だと勘違いしてしまい、やがて王子は人魚姫と結ばれることはなく、その娘と結婚してしまった。
 最後泡となって消えてしまう人魚姫がとても可哀想で、幼い頃は王子様を人魚姫から奪ってしまった娘に対して、すごく敵意を感じていた。
 

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