小説

『救われた人魚姫』あべれいか(『人魚姫』)

「髪伸びたね」
「そうかな?」
 章吾の手がスッと伸びて、私の髪を指ですく。
「髪伸ばさないの?」
「あ、最近伸ばそうかなって思ってるの。」
 そう伝えると、章吾は少し驚いたように目を見開いて、そして優しく笑った。
「へー。短いのもいいけど、長いのも似合うよね。」
 あれ?前にも同じこと言われたような気がする。
「“似合うだろうね”じゃなくて?」
「うん。」
 風になびいて顔にかかる髪の毛を耳にかけながら、伏し目がちに言葉を紡ぐ。
「えー。章吾、私が髪長かった頃知らない…」「知ってるよ」
 知らないじゃん、と言いかけた私の言葉を章吾が遮った。フッと視線を上げると、真剣な表情で私を見下ろす章吾が、私の瞳に写った。
「俺、風香が髪の毛長かった頃知ってるよ。」
 そう答える章吾に困惑する。
「……高校に入る前、どこかで会ったことある?」
 必死に過去の記憶の扉を開け閉めするけれど、どうしても章吾の姿が見つからない。うーん、と眉間にしわを寄せて悩む私を見て、章吾はふっと笑った。
「高校入試の時に。会ったというより一方的に見た、の方が正しいけど」
「え……?」
「俺、あの時結城の後ろの席座ってたんだよ。」
 初めて聞く章吾からの衝撃の事実。
「ここで初めて会った時、すぐ風香のこと分かったよ。」
 章吾が言う初めて会った時、私は既に髪をバッサリ切っていたし、顔は涙でぐちゃぐちゃで、瞼は腫れていた。そんな状態で同一人物だと気づくのだろうか。おろおろしながらそのことを章吾に伝えると、章吾は優しく目を細めた。

「だから言ったじゃん。本当に好きなら間違えないって。」
 

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