小説

『鬼の誇りの角隠し』メガロマニア(『桃太郎』)

暗闇に包まれた浜辺に一隻の小船が打ち上げられていた。
暗い海の上で光る満月の月明かりが無ければ、その小船すらも見つけることは出来なかっただろう。
船から降りた少年は、波で濡れた身体を気にする様子もなく、浜辺を抜けた先にある岩場を登り始めていた。
「角があるな」
そのしわがれ声はどこからしたのだろう。
まるで風に乗ってきたかのように、その声は少年の身体を吹き抜けて行った。
少年は岩場を見渡す。夜目には異常なくらい自信があるのだ。
今まで微動だにしなかった岩が動いたかと思うと、その岩は岩ではなく、今まさに起き上がろうとしている人間だった。
その人間は笠を被り、袈裟を着ていた。
これが人間たちが尊敬しているという、坊さんというもうのか。
人間はこんな薄汚い格好をした者を尊敬するのか。そう思った。
「鬼の子か」
鬼に年齢というものがあるならば、その少年は人間の頃でいうと十歳くらいに見えた。
殺すか?鬼の子は坊さんをギラリと睨む。
いや、殺す必要などない。
いくら、坊さんが鬼を見たと言っても信じる者などいないだろう。
そのくらいに桃太郎の鬼退治は有名な話で、悪さをする鬼は桃太郎に全て退治されてしまったのだから。
そう僕を除いては。
そうとなればこんな坊さんにかまっている暇などない。
鬼の子は再び岩場を歩き出した。
「ほれ」
鬼の子の背後でそんな声が聞こえたかと思うと、鬼の子の頭に笠が被さった。
鬼の子は咄嗟に頭に手をやる。
振り返ると禿げた頭の坊さんがこちらを見て笑っていた。
「この島じゃあ、そいつはちと目立ちすぎるでな」
鬼の子は再び歩き始める。頭には笠を乗せたままでだ。
そうして坊さんの姿が見えなくなるくらいまでの所に来ると笑った。
角の無い禿げ頭が妙に可笑しかったのだ。
鬼の子の名は、鬼一といった。
鬼が一番、父が付けてくれた名前だった。
 

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