小説

『華麗なる人生』越智やする(『王様と乞食』)

 俺は今、治夫となって副社長として働いている。朝、目を覚ますと使用人が運んできた朝食を食べる。食事が終わると用意された高級なスーツに腕を通す。身支度を整え、運転手つきの外車で会社に向かう。会社に着くと、部下たちの挨拶に迎えられ、副社長室に通される。美人秘書がその日のスケジュールを告げ、俺はその仕事をこなす。夕方、会食があればそちらへ顔を出さなければならないが、大抵はまっすぐ自宅である豪邸へ帰る。自室へ戻り、服を着替えると使用人が夕食を運んでくる。それを食べて、後は本を読むかテレビを見るか。そして寝る。それが俺の一日だ。面白味も何もなく、同じ毎日が繰り返されている。
 重いため息をついて鏡を見た。映っているのは疲れた顔の治夫だ。俺は七年前のあの日、確かに旦那の息子となり、副社長となった。しかしそれは俺が、ではない。俺はあの治夫になったのだ。医療の進化とは恐ろしいもので、その日のうちに俺は無理やり顔をいじくられて治夫の顔、声に変えられた。もともと背格好も同じだったので、本物とは見分けがつかない。俺は、俺と言う人間を捨てて治夫となってしまったのだ。
 外から甲高い女の笑い声が聞こえた。窓から覗いてみると、庭に停まったベンツに乗る男女がいた。遠目からでもわかる派手な服装の二人。本物の治夫とその取り巻き女だ。
本物の治夫は、俺と言う影武者ができた後は本格的に仕事を辞め、毎日遊びまわっている。はじめて治夫になった俺と顔を合わせた時、あいつは驚いて目を丸くしていた。それはそうだ、自分が目の前にいるのだから。しかし、旦那が成り行きを話すとにやにや笑いながら俺の顔を眺めた。
「そうか、それなら今日からお前も治夫だな。しかし、二人も治夫がいるなんて世間に知られたら大騒ぎだ。ここはひとつ俺がお前になろう。今日から俺は治夫であり、お前でもある。入れ替わりだな」
 

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