小説

『ふくらはぎ長者』薪野マキノ(『わらしべ長者』)

「あなたは何か借りますか」
 娘は相変わらずぼくの後ろにぴたりとくっついていた。
「私、本を借りるよりも、ここで働きたいわ。図書館で働くのが夢だったの」
「そういえば入り口に、職員募集の張り紙があったよ」
「ほんとうですか」
 貸し出しカウンターへ向かう途中、娘は嬉しそうに踊りながらついて来た。ふわふわの白いドレスで踊るので皆が振り返って見た。子どもたちは同じように踊りながらついて来た。おじいさんやおばあさんもついて来て、行列ができた。
「この本を借りたいのですが」
 カウンターに、ぼくのおばあちゃんにそっくりなおばあさんが座っていた。
「失礼、あなたはぼくのおばあちゃんですか」
 おばあさんは紫のスカートの下で素早く足を組んで座り直し、首にぶらさげていた眼鏡をかけてじっとこちらを見た。洗面器のような巨大なふたつのレンズは、おばあさんの目を石鹸くらいの大きさに見せた。
「私はあなたのおばあちゃんではありませんよ。でも、本は貸してあげます。で、誰が借りるのかしら」
 おばあさんはぼくの後ろで続いているダンスの行列に目をやった。
「ぼくが借ります。後ろの娘はここで働きたいと言っていて、その後ろの人たちはダンスをしているだけです」
「おやまあ娘さん、ここで働いてくれるのかい、こちらへおいで」
 娘はステップを踏みながらカウンターのなかに入り、おばあさんの手を取った。おばあさんは紫のスカートをたくしあげて見事なステップで軽快なリズムを奏で、ぼくの後ろの行列はますます盛り上がってきた。
 スカートの下から現れたおばあさんのふくらはぎは、ぼくがバス停で拾ったあの少し毛深いふくらはぎだった。
「そのふくらはぎはどうなさったのです」
 おばあさんはカウンターの上に立ってふくらはぎを見せながらダンスを続けた。
「これかい、これはさっきやってきたおばあさんからもらったのさ。このふくらはぎのおかげで私はこんなにほら楽しくダンスできるのよ。お礼にそのおばあさんには、踏み切りの映像資料をぜんぶ貸してあげたのさ」
 おばさんはカウンターの上でポーズを取って止まり、娘の方を向いた。
 

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