小説

『ふくらはぎ長者』薪野マキノ(『わらしべ長者』)

 最寄りの駅は、利用者が少ないわりには建物ばかりがやたらと大きい。かつて構内には薬局や花屋やドーナツ屋など小さな店が並んでいたが、ほとんどは閉店し、靴の修理屋と立ち食いそば屋が強情に居残っているだけだった。
 駅前には、一時間に数本のバスのためにだだっ広いターミナルが設えられている。図書館へ行くにはここでバスに乗るしかない。百巻も続いている小説の八十一巻まで読み終え、今日は八十二巻目を借りに行くのだ。
 高速道路のように延々と続く歩道橋で大きく迂回して乗り場まで辿り着くと、二十人は座れそうな長いベンチの下に、ふくらはぎがひとつ落ちていた。
 ちょっと毛深い。どうしようか。
 バスの運転手に届けようと思い、ひとまずかがんで様子を見る。動きそうにはない。見てまずふくらはぎと判断してしまったが何か別のものかもしれない、と半ば期待するように疑ってみたが、それは間違いなく、筋肉質で少し太めの、ちょっと毛深いふくらはぎだった。くるぶしや膝をどうして失ってしまったのだろうか。 見当もつかない。
 少し離れて座っていたが、なんとなく落ち着かないので指先でつまみ上げて隣りに置いた。ベンチに足を上げてはいけませんと言われるかもしれないが、腰がないのだから仕方が無い。ふくらはぎは後ろ側の筋肉が固く張っていて、力を込めた瞬間に外れ落ちたらしかった。
 よく見るとそう毛深くもないような気がする。人のふくらはぎをまじまじと見つめたことがないので、少しでも毛があると毛深いような気がするのかもしれない。よく考えるとぼくのふくらはぎの方が何倍も毛深い。
 

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