小説

『マンモスだったお母さんと魔法使いになりたかったお父さんと小学生のあたしの幸せな時間』山本プーリー(『花咲かじいさん』)

 おそろしくて、ぞーっと寒くなった。あたしが大昔の生き物に変身するなんて。何か悪いことをしたから? 何かの罰でこうなっちゃったの? そしたら、今日、学校の理科の時間に、先生が言ったことばを思い出したんだよ。
「生き物は刻一刻、姿を変えているのです。同じ自分だと思っていますが、実は細胞はめまぐるしく移り変わっている。同じ体だと思っても、それは別の自分ってわけです。ほら、トンボは子どもの時は川の中でヤゴとして過ごし、ある日、背中が割れてハネが生え、空を飛び回るようになるでしょ。これを『変態』といいます。みなさんだって、生まれる一年前には姿も形もなかったのに、赤ちゃんの形で現れ、どんどん変化して大人になり、おばあさん、おじいさんになって死んじゃう。その体を燃やしたら、白い骨になるんですからね。灰になっちゃう。最近じゃ、灰を木の根元にまいたりする人も増えているそうですよ。『樹木葬』っていうの。木が灰を吸い込んで、花を咲かせているのかもしれませんね」
 先生の話はよく分からなかった。自分がマンモスに変わるなんて、考えてもいなかったし。あたしは変態しちゃったの? それとも変身? ずっとこのままだったらどうしよう。そう思ったら、目から涙がザーザー流れた。
 一時間くらい泣いていたかもしれない。おなかがすいちゃった。何か食べなくちゃ。あたりを見回したら、稲のような植物が生えていた。おいしそう。おなかがグーグー鳴った。鼻を伸ばして、むしって食べた。
 ふと気がつくと、犬がこっちを見ていた。何匹も集まって、近寄って来る。獰猛そうな顔つき。犬じゃない。オオカミだって思った。足を踏み鳴らした。牙を振り回して、追い払った。オオカミどもは半分笑ったように口を開けて、逃げて行った。
 草原にはトナカイのように、幅の広い角を頭にのせた生き物や、上のあごから薄っぺらな長い歯が生えたトラのような動物がいたけど、少し離れた所からこっちを眺めているだけだった。
 草を食べ、水を飲んでいるうちに暗くなった。しゃがんで目をつむった。お父さんとお母さんに会いたい。ふたりはうちに戻ったのかな。でも、そこにはあたしはいない。
 目が覚めたら、お日様がまぶしく光っていた。朝だ。草を食べて、川の水を飲む。食事の後でうんこをした。ものすごい量のかたまりが地面の上で湯気をたてていた。それを見て、ああ、やっぱりマンモスになっちゃったんだって、強く感じていたんだよ。
 うちに帰ろう。坂道を上れば着くんだから。どうして考えつかなかったんだろう。気分がよくなったあたしは歌なんか歌いながら、歩き始めた。「ちょっとそこまでノシノシノシ。タンポポ道をドシドシドシ」ってね。
 歩いていたら、テントを見つけたの。大きく曲がった白い木で作った骨組。外側を動物の皮のようなもので覆ってある。きのうは気がつかなかったけど、誰かがキャンプの練習でもしているのかなって思ったんだよ。そばを通りかかった時、テントの中から女の人が出てきた。動物の毛皮を着ている。髪の毛が背中までたれさがった人。目が合ったとたん、大声をあげた。女の人の声を聞きつけて、男の人たちがばらばらと飛び出して来た。手にヤリを持っている。そして、先のとがったヤリをあたしに向けて投げ始めた。
「キャーッ! やめて!」
 そう叫んだつもりだけど、口から出たのはマンモスの鳴き声だった。ヤリに突き刺されて死んじゃう! 必死で逃げた。重い体をゆすって、坂道をころがるように走り抜けた。川に着いて、息をついた。あたしは人間と切り離された古代生物なんだ。このあたりは危険だ。離れた方がいい。そう思って、歩き始めたんだよ。

*        *
 

1 2 3 4 5 6 7 8