小説

『私の欲しいもの』小嶋優美子(『竹取物語』)

「良い寿司屋を見つけたんだ。姫乃さん、来週にでも一緒に行かない?」
「何か欲しいものはない?」
 三國商事・伊豆支店に勤める男達は、毎日、新入社員の姫乃あかりの気を引こうと必死だった。艶めく漆黒の髪と、儚げな白い肌。そして計算されて造られたかのように整った顔と肢体をもった姫乃は、すぐに会社のプリンセスとなった。
 しかし、姫乃はどんなに男に誘われても、食事に行ったりプレゼントを受け取ったりすることはなかった。ただ、笑顔で礼を言うだけだ。その対応が男の闘争心を掻き立て、日に日に姫乃へのアプローチの度合いは増していったのであった。

ああ、つまらない男ばかり。皆、雑誌に載っている飲食店や、CMで流れているブランド物しか提案して来ない。退屈だわ。
 姫乃は心の底から、そう思っていた。今日は三十代の上司の男がしつこく誘ってきて参った。どうして相手の迷惑を考えずに、自分の気持ちを優先させるのだろう。恋とは一体何なんだろうか。最近は女の先輩が、〝姫乃あかりは五股をかけている悪女〟と、事実無根の陰口を言っているのを聞いてしまったが、汚い口元をした奴らの言うことなんて気にしない。私は、きっと最高の男と恋人同士になる。姫乃は強く決めていた。

「姫乃さん、あと二ヶ月で誕生日だよね? 欲しいものがあったら言ってよ」
 今日も挨拶代わりに誘われた。刺すような視線と、ぎらぎらした熱気。先日陰口を言われたことも重なって、姫乃はとうとううんざりしてしまい、こう言った。
「スミスのライヴチケットが欲しいです。最前列の中央の席でお願いします」
 スミスは、国民的なグループである。最前列の中央の席のチケットを一般の人間が入手するのは、不可能に等しい。それを分かっていて、姫乃はそう言ったのだ。
「わ、分かったよ。もし取れたら、一緒にライヴへ行ってくれるんだな?」
 姫乃が初めて欲しいものを注文したので、男は舞い上がった。
「ええ、もちろんです」
 

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