小説

『ユリ』田中りさこ(『ヒナギク』)

 ベッドに横たわったまま、友莉は首だけ動かして、時計を見た。
-もう起きて、会社に行く準備をしないと。
 鏡に映る友莉は、高校生ではなく、立派な社会人だった。
 友莉は、高校時代の記憶があまりない。けれども、鮮明に覚えている記憶が時折、夢に出てくる。
 大学は地元ではなく、東京に進学した。
 母は家から通える大学がいいと言ったけれど、友莉は譲らなかった。東京に特段行きたい大学や学部があったわけではない。
 自分を誰も知らない場所に行きたかった。
 大学生になると、眉を整え、肌の手入れをし、メイクをし、ムダ毛を処理し、ファッションにも気を配った。そうすることが普通だからだ。
「そのかっこに、スニーカーは合わないよ」
 大学の友人にそう言われ、スニーカーを捨て、ヒールを買った。
 自由であるはずなのに、毎日が窮屈だった。慣れないヒールに押し込んだ足は、いつまでたっても靴擦れと縁が切れない。
 あの時のワンピースは、押し入れの隅にずっとある。
 あれ以来一度も着ていない。
 こんな夢を見たのは、今夜、高校の同級生に久々に会うからだろうか、と友莉はぼんやりと考えた。

 会社は制服があるが、通勤時の服装に気を抜くわけにはいかない。友莉は、社会人二年目だ。
 新入生より、大人っぽく、かつ、先輩に嫌われない程度の野暮ったさは残しておかなければならない。
 メイクは薄く、だけど、しっかりと。
 髪はふんわりさせながらも、清潔感がでるよう一つに束ねた。白いラフなブラウスに、カーディガン、膝丈スカートを取り入れたら、雑誌で見たような、無難で嫌われない女子の着まわし通勤スタイル秋バージョンの完成だ。
 友莉はパンプスを履くと、玄関の全身鏡で姿を確認した。

 満員電車に揺られて二十分、会社の最寄り駅の改札を出たところで、友莉の背後から「おはよう」という声がした。
 友莉は振り返る前から、声の主が分かっていた。
 

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