小説

『家族』NOBUOTTO(『牡丹灯籠』)

 珍しく外回りの仕事があり、ちょうど昼時でもあったので草薙は店に寄ってみた。
 しかし、そこに店はなく立ち入り禁止の札がぶら下がっている工事現場だけがあった。
 夕暮れ時と景色は変わって見えるかもしれないが店の場所を間違えるはずはない。
 何が自分に起こっているのか。草薙はその工事現場を呆然と眺めていた。
 すると、ふいに草薙は声をかけられた。
「そこのあんた。あなたは毎日夕方にこの工事現場に通っているお兄さんだよね。」
 振り返ると、そこには一人の老人がいた。年の頃は60過ぎくらいの初老の男である。寒くないのであろうか、派手なアロハシャツを着ている。
「毎日工事現場に通っている?」
「そうそう、お兄さん最近いつもこの工事現場に中に入っているよね。なぜかなって思っていてさ、一度話しを聞きたかったんだ。まあ、立ち話しもなんだし、時間あるかい。ちょっと俺の家に来ないかい。ほらそこのマンションが俺の家。」
 夕刻だと気が付かなかったが、確かに通り向かいに古いマンションがあった。
 会社に少々遅れて戻っても誰も気にするわけでもない。それよりも一体自分に何が起こっているのか不思議だった草薙はその老人について行った。

 
 小さなキッチンと二間のこじんまりとした部屋であった。一人暮らしのようである。
「わたしゃね、佐野っていうんだ。お兄さんは?」
「草薙と言います。」
「若いのに、物腰が丁寧だね。偉いもんだ。ちょっとここに来てよ。」
 佐野は、窓際に草薙を連れて行った。
「ほら、この部屋の窓からちょうどあの工事現場がみえるだろ。わたしゃあね、な~んもやることがない一人暮らしだからさ、夕暮れ時はここに座って焼酎飲み飲みボーっと外を眺めているんだ。最近夕方になると、あんたが工事現場に入っていくのをみててさ。なにせ歳だから、暗くなると目が利かなくて、そのあと見えなくなっちゃうだけどね。なんでわざわざ工事現場を通って行くのか聞きたかったんだよ。」
 確かにここから工事現場がよく見える。
 

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