小説

『親心プログラム』飾里(『祖母のために』宮本百合子)

 祖母の虚ろな瞳の前で僕は号泣した。祖母を揺さぶった。誰かに羽交い絞めにされた。僕は絶叫しながら祖母にとりすがった。母であり、父であり、唯一の理解者でありたった一人の家族。それがもういない。
 祖母の遺体は一般病棟から遠く隔たった旧患者の区画に収容された。今ではほとんどの人が生身の肉体ではなく、何らかの義体処理をしている。祖母の豆腐のような生身の遺体はもはやレア中のレアで、病棟の奥の院とでもいうべき区画についたころには僕の祖母への怒りは絶対零度にまで凍りつき、代わりに全身に戦艦の巨砲を受けたような穴が空きはじめていた。
 祖母の遺体の前で叔父が言った。
「全身複雑骨折をしている上に折れた骨が内蔵に刺さっている。すみれさんにとってよかったのは苦しまずに亡くなったことだ」
 叔父の愛沢京樹は医者らしく淡々とした口調で言った。叔父は四十歳。延命技術を再三祖母に勧告した本人だ。
「実はね、すみれさんのことでソウヤ君に話があったんだ」
 京樹叔父さんはそこまで言うと僕の放心した様子に気がついた。
「ソウヤ君、眠れないかもしれないけれど、今日はもう家に帰って寝りなさい。明日、大事な話がある」
「なんですか、大事な話って」
叔父は僕の肩に手を置いた。
「今夜は君についてあげたいけれど、どうしてもやらなくちゃならないことがある。明日になったら必ず話す。大事なことだから落ち着いて君に聞いてもらいたい」
 結局叔父は質問には答えてくれず、僕はひとり火の消えたような家に帰った。数時間前まで祖母が僕の帰りを待っていた歩道を見ると寂しさと悔しさがこみ上げてきた。
 家の中は真っ暗だった。帰宅するときにはいつも祖母が夕食を作っていてくれた。本来なら家事ロボットを置けば炊事洗濯から掃除まですべてをこなしてくれるというのに祖母はそれさえ嫌がった。だから僕の家にはオートメション機能どころか音声認識システムもない。
 廊下の電気をやっと探り当てていると飼い猫のカルマが足下にすり寄ってきた。
「ばあちゃんはもういないんだよ」
 僕はカルマを抱き上げると、祖母の部屋に入った。体が鉛のように重かった。祖母が書き物をする机とこたつとタンス。そして持ち主のいないコートが壁にかかっていた。それを見た瞬間、また感情がこみ上げてきた。僕は床をたたいて叫んだ。
 

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