小説

『親心プログラム』飾里(『祖母のために』宮本百合子)

 とたんに祖母二号から女性のアナウンスが流れた。
「強制執行プログラムを認識しました。ただちに稼働を停止し、全データを消去、プログラムの初期化を行います。三十秒後に再起動します。終了しますか? キャンセルしますか」
「再起動なし、全プログラム消去」
 僕は言った。
「了解。三十秒後に停止。二十九、二十八……」
 秒読みが始まる。長い長い三十秒だった。ほんとうに祖母とのお別れだ。そのとき自動音声がはじまった。
「全データ消去の際に開けるデータがあります。開きますか?」
 僕が不審な顔をすると、叔父はゆっくりとうなづいた。
「データ開示」
 僕の声に反応して、秒読みが停止し、祖母二号の胸の上で3Dホログラムの再生がはじまった。生前の祖母が現れた。

 横たわったロボットの胸の上でホログラムの再生がはじまった。そこにはあの皮肉な笑みを浮かべた祖母がいた。
「私の分身はうまく私に化けたかい? 私そっくりだったかい? 私には知る由もない。だが、私は単純にこう思っている。人も機械も生きている限り変わっていくだろう。文明も世の中もね。変わらないのは死者だけだ」
 そこで唐突にホログラムがはじけるように消えた。
 僕は起動停止したロボットの前に膝をつき、祖母にそっくりな両眼の瞼をそっと閉じた。
「これでほんとうによかったのかい」
 変わらないものは死者だけ。
 祖母の言葉が胸に木魂する。
「叔父さん、大丈夫です。ばあちゃんはちゃんとここに」
 僕は自分の頭を指さした。

 

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