小説

『The Wolf Who Cried 2020』田仲とも(『狼少年』)

 WOLFの警報が鳴る。その度に文句一つ言わず、人形達は定められた避難行動を開始する。馬鹿の一つ覚えというか、融通が利かないというか、恐ろしいくらいの律儀さだ。
 もちろん僕らだって最初の頃は避難行動を取っていた。しかし今では誰一人それをしない。この小さな会社の中だけの話ではない。この国で今も尚、避難行動を取る人間などいないだろう。日に何度となく誤報が続けば、それも当然だった。
 しかしアンドロイドは違う。奴らは例え誤報であっても、その全てに従う。いや、違う。従える、だ。その余裕があるのだ。そこがまた気に障る。僕には今、いちいち地下シェルターまで避難している時間などない。
ウゥーウウ、ウゥー。
 この時期のシステム開発会社は、毎年どこも同じく多忙だろう。けれど今年は特に酷い状況だった。
うちにはもはや、四方を囲う壁に窓がなかろうが、低い天井が曇天を思わせる灰色だろうが、いつものように不満を口するだけの余裕がある者は一人もいない。冬モデルの新型プラグインの開発に追われ、先輩も、僕も、後輩も、既に寝ずの三日目だ。他の同僚達も似たように徹夜続きだった。
 僕は時折、課長が大切なことを失念しているのではないかと感じる。人間には食事も睡眠も必要で、だから人形達のように不眠不休では働けないのだということを。
 奴らはいい。人形達のスタミナは無尽蔵だ。登録された思考パターンに従い、苦痛も疲労も感じず、延々と作業できる。閉塞感で埋め尽くされた労働環境にあって、不満に顔を顰めるどころか目尻の皺一本動かさない。
……あれと一緒にされちゃあたまらないよ。
 すっかり室内から姿を消した人形達を思い出し、僕は再び微苦笑を浮かべた。
ウゥー、ウゥーウウ。
 

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