小説

『The Wolf Who Cried 2020』田仲とも(『狼少年』)

 暗い想像が目の前を駆け抜けた。思わずぶるっと身震いした。僕はコートの前を掻き合わせ、己の書いたプログラムをもう一度チェックする。もしも僕がバグを作り込んでいたなら、可能性は低いとはいえ、そうであったならと思うと背筋に嫌な汗が流れる。とりあえず己が今、開発している機能部品については、しっかりと見直しをかけて品質を確保しておかなければいけない。
ウゥー、ウゥーウウ。
 狼がまだ鳴いている。とりあえず一度、警報を切ればいいのに。僕は内心で苦言を吐き、首を左右に振った。慎重さを要する見直し作業を行なおうとすると、途端にこの甲高い音が邪魔で仕方がなくなる。まるでミスを誘発させようとしているかのように感じるのだ。
 WOLFのメンテナンス会社は本当に何を考えているのだろう。人形達はすっかり地下へと避難を完了させているし、どうせ誤報なのだ。いつまでも鳴らし続ける必要はなかった。しかも、今は深夜だ。ここには窓がないから実感が薄いけれど、一般的には人間が眠りにつく時間帯で、これでは迷惑にも程がある。
「それにしても本っ当に長えよなー、今日の警報」
「先輩、もしかして今夜のは本当だったりしたらどうします?」
「ははは。馬鹿言うな。火山岩が振ってくるってか? そしたらお前、逃げ遅れた人間達はお陀仏(だぶつ)。後に残るのは人形だけになっちまうじゃねえか」
 先輩の冗談を耳にした途端、僕は総毛立った。開発室の温度が、急激に下がったように感じられた。
 ……まさか、それを狙って……誤報を?
 甲高い狼の遠吠えの向こうで、明らかに航空機ではない無数の何かが、空を横切る音が聞こえた気がした。

 

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