小説

『桜の樹の下には』ハラ・イッペー(『桜の樹の下には』梶井基次郎)

 ぼくと雄介くんは、真っ黒なおじさんに助けてもらった。知らないおじさんだったけど、もちろんすごく叱られた。里香さんもだ。
 里香さんはおじさんに叱られると、「ごめん!ごめんね!」と泣きながら、ぼくたちをぎゅっと抱きしめた。泥だらけだっていうのに。ぼくはその時、ちょっとドキドキした気がする。いいにおいがした。
 そのあとは、おじさんに手伝ってもらいながら、穴をキレイに埋めた。
そうしている間に、おじさんに「なんでこんなことをしたんだい?」と聞かれたので、ぼくは、ある本を読んで、本当に屍体が埋まっているのかを確かめたいと思ったということを、おじさんに伝えた。すると、おじさんは大笑いして、ぼくの頭にポンっと手を置いた。
 おじさんは桜に詳しそうだったので、ぼくは聞いた。
「『桜の樹の下には屍体が埋まっている』っていうのは嘘なんですか?」
 おじさんは答える。
「嘘ではないよ。それに本当でもない。書いた人は『そうだ』って信じる必要があったんだよ。だから、それを書いた」
 ぼくにはおじさんの言っていることがよく分からなかった。
 家に帰ると、もう夕ご飯が出来上がっていて、服も泥だらけだったし、もちろんひどく叱られた。あとから聞いたら、雄介くんと里香さんもそうだったらしい。

 4月になって、ぼくの家の裏にある神社の桜の樹が咲いた。すごくキレイに咲いた。去年までの残念さが嘘だったみたいだ。
 学校の帰りに、雄介くんと里香さんを誘って見に行こう。里香さんは今年から中学生だから、学校で少し待ってれば会えるだろう。中学校は制服だし、スカートだ。スカートを履いてる里香さんを見たら、ちょっと笑ってしまうかもしれない。
 たぶん、神社に行けば、あの真っ黒のおじさんにも会えると思う。おばあちゃんから聞いた話だと、あのおじさんは葛西(かさい)さんという人で、ずっと長い間、神社の植物の世話をしている人らしい。
 それを聞いて、ぼくはちょっと尻込みをした。
 ぼくは、葛西のおじさんと同じ権利で花見をしていいのかな。

 

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