小説

『クレームまんだら』鶴祥一郎(『耳なし芳一』)

『ビーチボールに砂を詰めないでください』
『本気でバレーボールをしないでください』
『ウミガメにぶつけないでください』
などなど。さすがはおもちゃメーカーの社員たち、この手のことを考えさせたら、やはりプロだ。すべていい、どれも採用だ。
 しかし、加藤の顔色は不思議と冴えない。
「これ、ちょっとふざけすぎですよ」
「どうして?」
「だって、ありえないじゃないですか」
「カトちゃん、でも君はその『ありえない』が、欲しかったんじゃないの?」
「あ……あ!」
 加藤はよほど煮詰まっていたようだ。当初の目的をすっかり忘れている。そう、我々が戦うべき相手は、想定外のクレーム、なのだ。
 その後も続々と『使用上の注意』は集まり、年内にはビーチボールの全面が埋まった。その内容の三分の一は、加藤がまじめに考えた『想定内の使用法への注意』、残りはすべて、他の部署の社員たちがふざけて考えた『想定外の使用法への注意』だ。
 完成したデザインを見て、加藤もやっと落ち着いたのか、私を休憩に誘ってきた。
「……うん。これは人生ですね」
「ん?何が?」
「このデザインですよ。想定内の二倍の想定外なんて、まさに人生の縮図じゃないですか」
面白いことを言う。常識人に見えても加藤はやはり、おもちゃメーカーの人間だ。
「なるほど。ビーチボールを手にした人間の、あらゆる行動を予測していったら、人生そのものになったか」
「はい。私、悟りました。“人間の一生は一個のビーチボールに如(し)かず”って」
 

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