小説

『クレームまんだら』鶴祥一郎(『耳なし芳一』)

「大山さん、生きてます?」
 どうやら私も、無意識のうちに息を詰めていたようだ。
「ああ大丈夫。カトちゃんは?」
「あ、私の息、止まってました?」
「うん」
「実は今、ちょっと思いついたことがあって……」
「それってもしかして、デザインのこと?」
「はい。ってことは大山さんも?」
「うん」
 私たちは思わず苦笑した。デザイナー同士が同じ状況で、同じものを見たら、やはり同じ事を考え、同じように息を詰めてしまうのだ。
「で、どんなデザイン?」
「いや、ここは大山さんからでしょ?」
「そう?じゃあ言うけど……いま作っちゃわない?全面『使用上の注意』ビーチボール」
「あ!やっぱり!」
「え?カトちゃんも思ったの?」
「はい!クレームがつくたびにチマチマ増やすくらいだったら、いっそのこと、私たちから先に全部書いちゃうんですよ!」
「そうだよな!会社に作らされる前に、俺たちがデザインとしての全面『使用上の注意』ビーチボールを作っちまおうぜ!」
「はい!」
「消費者保護も行き過ぎるとこうなるんだってことを、ビーチボールを通して現代日本人に警告してやるんだ!」
 

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