小説

『クレームまんだら』鶴祥一郎(『耳なし芳一』)

「そんなの保護じゃない、過保護だ。クレームは言った者(もん)勝ちってことじゃないか」
「まあそれは言い過ぎですけど、新しい法律で消費者有利になったのは事実です。だから営業部だって必死になって、一(いち)分(ぶ)の隙もない『使用上の注意』を作ってるんです。毎年内容が増えていくのは、そのせいなんですよ」
「なるほど。そう言われてみるとこのメールからは、クレームに対する営業部の恐怖心がひしひしと伝わってくるな」
「傾向と対策バッチリって感じですもんね」
「うん。でもそうなると、この『使用上の注意』ってやつは、もう消費者のためのものとは言えないんじゃないか?」
「そうですね。今や『使用上の注意』は、会社のために存在すると言ってもいいですね」
「でもそれって、何か間違ってるよな?」
「しょうがないですよ。会社だって、わが身がかわいいんですから」
「うーん、そうか……うーん……」
「どうかしました?」
「いや、このまま『使用上の注意』が増えていったら、俺たちの仕事、そのうちなくなるんじゃないかと思ってさ」
「え?どうして?」
「どうしてって……あ、ちょっとコレ見てよ」
 私は、今シーズンのビーチボールのサンプルを膨らませ、『使用上の注意』が印刷されている面を指さした。
 

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