小説

『クレームまんだら』鶴祥一郎(『耳なし芳一』)

「はいデザイン課……はい、はい……え?」
 受話器に耳をあてたまま私を見る加藤の顔が、みるみる紅潮してゆく。もしや『まんだら』へのクレームではないのか?
「はい、はい……了解しました。対応よろしくお願いします」
受話器を静かに置いた加藤がいきなり叫んだ。
「大山さん!クレーム!」
「『まんだら』にか?」
「はい!」
「よし来た!」
 クレームがこんなにうれしかったことはない。これで第二弾が作れるのだ!しかしなぜ、この年の瀬にビーチボールのクレームが?
「クリスマスプレゼントですって」
「ああ」
 それはノーマークだった。しかし第二弾を作る際の好材料ではある。
「で?何が起こったんだ?」
「ふくらましてた人が酸欠で倒れたって」
「は?ちょっと待って。それはクレームにならないぞ。『空気入れを必ず使ってください』は『まんだら』に書いてあるはずだ」
「それが……倒れたの、アメリカ人だって」
「なに!」
「観光で日本に来た時に買って帰ったそうです」
 待ちに待ったクレームの主(ぬし)がアメリカ人とは不運きわまりない。しかもそのアメリカ人、日本語サッパリのくせに、国際弁護士を立ててクレームをつけてきたとのこと。さすがはクレーム大国の住人、鉄壁の構えだ。
 

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