小説

『大きな小松菜』田中田(『大きなカブ』)

 東京都23区の片隅で車がギリギリ通れるくらいの住宅街の中に突然こじんまりとした畑が現れる。その畑を独りで耕すおじいさんの名前は高橋平治。数十年真面目に勤めた会社を退職してから暇を持て余し、代々受け継ぐ自宅とは別に持っていた土地で庭いじりを始めた。最初は花屋で売っているほとんど育って青い実がついている野菜の苗を買っては、耕した土へと植え変えて収穫を楽しんだ。しかし、東京都23区とは名ばかりの最寄りのバス停まで徒歩で15分の場所は高い家も無く、太陽光を存分に取り入れた畑で育つ苗は次第に根付き殺風景だった畑を蒼々とした葉が埋め尽くした。畑いじりを初めてから3年も立つと「畑いじり」という言葉には収まらないほど立派な畑を作りあげた。長ネギ、じゃがいも、夏みかん、ピーマン、キャベツ、金柑、ザクロを作っては親戚に配って回った。
 ある日大量に収穫した長ネギを持って家に帰った平治を見た、妻のさちが言ったのは
「おじいさんの作る長ネギは無農薬だから売っているものよりも美味しいのよ。だけど、少し短かすぎやしませんか」だった。それもそのはず、平治の作る野菜はどれも売り物より一回り小さかった。何が悪いわけでもない。新種なわけでもない。それでも野菜は小さいまま。だから、平治はいつも決まって「野菜は、歳をとったわたしに気を使っているのかもしれない」と返す。しかし、今回の長ネギは手のひらを広げた大きさまで短くなってしまった。それを平治は気にしていた。
 短い長ネギを収穫してから、次に植えると決めていたのは小松菜。平治は種を蒔きながらこう言った。
「小松菜は大きい葉の方が好きだから、大きく大きく育っておくれ。今まで見た小松菜よりも、大きな葉をつけておくれ」何度も言いながら丁寧に丁寧に蒔いていった。
 

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