小説

『泥棒ハンス』化野生姜(『おしおき台の男』)

それを聞くと酒場の奥でハンスは始終笑い転げた。医者がどういう事なのかと尋ねるとハンスはいや、あっしはちょっとばかしいたずらをしただけなんですがねと付け加えて事の次第を説明してくれた。

医者が森に入る頃、ハンスは絞首刑台に向かっていて目当ての死体を探していた。すると並ぶ死体の中に腹部をナイフで切られたものがいくつかある事に気がついた。生前に罪を犯して切られたにしては切り口が新しい。ハンスが不審に思っていると暗がりの中で誰かがこちらに向かってくる。

とっさにハンスは物陰に隠れると遠目に見てそれが宿屋の女将だということを確認した。そうして女将は辺りに誰もいない事が分かるとすばやく持っていた包丁で死体の腹部から肝臓をかっさらった。そうして女将が立ち去ったあとハンスは死体を見て自分がしくじった事に気づいたのだという。

女将が持って行った肝臓はあっしが持って行こうとした男の死体のものだったんですよ。ハンスは臍を噛んでくやしんだ。

でも持って行かれたのはしかたがない。最初は肝臓だけでも置いて行こうと思ったが死体は医者に丸ごと渡そうと思っていたし、このままではしゃくに障る。そうしてハンスは一計を案じ、傷の一番古そうな腐りかけた死体を盗むと女将の入って行った宿屋の裏戸へとおもむき死体を立てかけてから戸を叩いた。

女将は戸を開けると坊主頭の死体を見てこう言った。
あんた髪の毛が無いんだね。

ハンスは物陰に隠れてこう答えた。
風に吹かれて飛んじまったのさ。
 

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