小説

『泥棒ハンス』化野生姜(『おしおき台の男』)

ハンスはそこそこ名の売れた泥棒であった。
盗めない物はなかったが人から頼まれない限り自分から進んで盗むような事はしなかった。そうしていつも酒場の奥に陣取っては安いビールをちびちびとすすっていた。

ある日のことだ。いつものようにハンスがビールをすすっていると、そこに憂鬱な顔をした医者が来た。医者はハンスの隣に座ると一枚の銀貨を差し出してきて死体を盗んでほしいとハンスに告げた。

ハンスは医者に笑いかけ、こぎれいなお医者さんが何の用事で泥棒何ぞのあっしに頼むんですかとやや意地の悪い調子で聞いた。医者はしょぼくれた顔で下を向いていたが、やがて顔を上げるとぽつりぽつりとハンスに話し始めた。

私がまだ若い頃とある男と約束をした。男は私の手術の腕を見込んでいて、自分が持っている飾りのついた宝石を身体のどこかに隠してほしいと言ってきた。男の言う事には自分はこれまでの人生、あまりきれいな仕事をしてこなかった。だからいざという時が来たらそれを取り出して財産にするつもりだ。
そこで男は一旦言葉を切ってから、だがもし自分が捕まって殺されたのなら夜明けの鶏が鳴く前に自分の身体から宝石を取り出して欲しい。そうしたら宝石はお前のものだとそう私に言ってきたのさ。そうして二十年ほど経ってからその男は死んでしまった。

何かの罪は分からない。とにかく男のした事が役人にばれて今日の昼までに男は絞首刑台にぶら下がってしまった。でも役人に事情を話したら役人は私から宝石を取り上げるだろう。私は男との約束を守りたい。でも人目を盗んで絞首刑台にいる死体を盗んだり夜中にぶら下がる死体をかっさばく度胸は無い。それで私は途方に暮れてここに来たんだ。
 

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