小説

『120』小岩井巌(『メリイクリスマス』太宰治)

トークショーでは、映画の中では頭に羽をつけ、見世物の踊り子に扮していたベテランの主演女優が、初老の映画監督の手を取って華やかに登場した。歓声と拍手があがる。緊張した面持ちで、マイクを映画館の眼鏡スタッフが監督に手渡す。
あまり話の得意そうでない老監督はおずおずと話し、主演女優はそんな監督を終始、いとおしげに見つめていた。トークが制限時間に近づく。映画館スタッフが、老監督に耳打ちをした。急に老監督はあたふたとしだした。
「・・・きょうはありがとうございました、・・・こんな、雨の中、しかも夜に、皆さん、お集まりいただいて・・・いい役者、スタッフ、お客さんに僕は、こうして、出逢うことができました。・・・え?・・・あと何分喋ればいいの?え?だめ?・・・終わりなの?」
監督は困り顔になった。
「すみませんねえ、私は映画監督の癖に、時間の感覚が、むかしから、よくわからないのでねえ・・・」
監督は頭をかきながら、そう言って笑顔でトークショーを終えた。

 

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