小説

『輪廻』沢田萌(『源氏物語』)

 
 田村への思いを気づかれまいと家では健全な娘を演じていた。
 ところが心の箍がとうとう外れてしまった。
 母が盲腸で入院して五日日目の夜だった。
 夕食が終わって私はアイスを食べながら、田村は三本目の缶ビールを開けて、私たちは並んでソファーに座っていた。
 テレビから深夜のニュースが流れていた。
 今まで二人きりなったことはあったが、母が何日も家を空けるのは初めてだった。
 明日、母が退院する。
 母の代わりに食事を作り、まるで新婚みたいな生活が今夜で幕を下ろすのかと思うと、あの嵐の夜みたいな寂しさが襲ってきた。いや、それ以上の寂しさだった。
 私はなかなかソファーから腰を上げることができなかった。田村と別々の部屋に戻るのが名残惜しかった。このまま二人で同じ夜を過ごせたら……。そんな思いが脳裏をよぎる。
 田村が欠伸をしながら腰を上げようとした。
 「行かないで」
 田村は驚いた顔をして私を見た。
 「もう少しだけそばにいて……」
 「どうした? お母さんずっと入院してるから寂しくなった? まだまだ子どもだな」
 「そんなんじゃない」
 私は田村に抱きついた。彼の体がピクッと動いて体を離そうとした。
 「ずっと一緒にいて」
 田村を真っ直ぐ見つめた。
 田村の目が父親の目から男の目になった。
 耳元で心臓が鳴っているみたいだった。
 私たちは抱き合ってソファーに身を落とした。私は軋むソファーの音を聞きながら、欲望とモラルの狭間で揺れ動きながら無我夢中で彼を求めた。恍惚と罪悪感が交互に細波みたいに寄せては返した。
 全てが終わった。
 

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