小説

『輪廻』沢田萌(『源氏物語』)

 火葬の場面は映画のワンシーンみたいに覚えている。
 火葬炉の前に安置された白い棺、喪服を着た大人達とすすり泣く声、炉の観音扉が開いて、棺が炉の中へ入れられると、ゴッーという音と共に泣き声が大きくなっていった。
 「お父さま、熱くないの?」私が母に尋ねた。すると母はワッと声を上げその場に泣き崩れた。田村が母の背中をさすった。皆の視線が二人に注がれる。顔を歪めてヒソヒソと話しをしている人もいる。母はハンカチで涙を拭きながら小声で「大丈夫……」と言って田村から離れた。
 「ちょっとお外へ出ようか」母が私の手をギュッと握った。
 焼き場から外へ出ると煙突から白煙が真っ直ぐ空に昇っていくのが見えた。
 「お父さまがお空に昇っていく……」母が言った。

 
 
 父と母の出会いは銀座の高級クラブだった。
 父が二度目の当選を果たし、その祝いの席にホステスになったばかりの母が着いたのがきっかけだった。父も同席していた秘書の田村も母に一目惚れだった。それから父は銀座へ通うようになった。二十五歳も年上の父に十九歳の母が惹かれたのは、父に地位や財産があったからではない。幼くして父親を病気で亡くした母は、父に亡くなった父親を重ね、子どもの頃、注いでもらえなった父親の愛情を求めたのだった。父は乾いた花に水を与えるように母に愛情を注いだ。そればかりではない。長年連れ添った妻と離婚して母と結婚したのだった。でも母は前妻から父を奪おうと思って奪ったわけじゃない。父への思いをどうしても断ち切ることができなかったのだった。
 人の不幸の上に築いた幸せは長くは続かなかった。
 父と母の結婚生活は四年で幕を閉じた。父が脳梗塞でこの世を去ったのだった。母は二十五歳の若さで未亡人となった。
 「罰があたったのかもしれない……」母が父の遺影を見つめながら言った。
 父を亡くした母は抜け殻みたいなって、食事も喉を通らなくなり衰弱して病院に入院した。そんな母のもとへ足しげく通ったのが田村だった。
 「小夜子さん、バラがお好きでしたよね」
 田村は見舞いにバラを持って来た。
 

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