小説

『罪深い作家たち』楠本龍一(『不思議の国のアリス』)

「そんな、それはおかしいわ。だって審査でしょう。私、詳しいことは何も知らないけど――というものあなたが教えてくれなかったからなんだけど――それにしたって審査ってもうちょっと時間が掛かるものだと思っていたわ。こんなに一瞬で決めるなんて随分いい加減なものなのね」
「ダメと言われたらダメなんだ。これから原因を検討して一つ一つ修正しないと」
ドクトルは悲痛な面持ちでそう言って、手に持っていた大きな紙の束を床にドサリと落とした。
「なあに?それ」
扉に入って行く時にはドクトルはこんなもの持って行かなかった。そうすると中で手渡されたんだわ。覗き込むと紙の束は巻物になっている。ものすごく太い巻物だ。ドクトルは私の質問が耳に入らないかのように巻物の紐を解き、床の上を転がして広げながら読み上げ始めた。全く、私の質問には答える気もないわけね、いくら落ち込んでるからって失礼だわ。
「一つ。貴殿の色彩表現は奥行き深み厚みに欠け、本来無用の輪郭までをその鑑賞者にあまりにも判然と現前させしめ、当国の持つ幻想性に由来するところの魅力を不当に毀損するものであると、判断するに足るのである」ドクトルが歩いた後には白い巻物が伸びていく。
「一つ。貴殿の選ばれたモティーフのうちの、ワインボトルに添付されたるラベルの印字が貴殿の通常的な意識の存ずる国における実在物の写実となっており、これは当国のもつ非現前制に根拠を保持するところの普遍性およびそこから派生する魅力を不当に毀損するものであると判断するに足るのである」
「一つ。……」ドクトルは巻物をくるくると広げながら、そこに書かれた文を読み上げて行く。巻物があまりにも長いので、ドクトルはホールの長い廊下をどんどん遠ざかって行った。あれを読み終わるのを待っていたら日が暮れちゃうわ。もっとも太陽はこのホールに居る限りは絶対拝めそうにないけれど。あれ、でもそうしたらいくらドクトルが巻物を読み終わるのを待っても日は暮れないわけだから別に待っても問題ないんじゃないかしら? いえ、だめね。日は暮れなくても図書室の閉室の方が先だから、やっぱり早く戻らないと、このホールから戻っても今度は図書室に閉じ込められるわ。
 

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