小説

『悪者たちの竜宮城』ききようた(『桃太郎』『こぶとり爺さん』『花咲じいさん』『浦島太郎』)

「かつてはそんな時期もありました。でも突如として〝あの日〟がやってきたのです」
「あの日って、まさかあの噂は本当じゃったのか?」
 驚いた様子の欲張り爺さんは、開けた口を閉じることなく静止していた。
 対して、こぶの爺さんは間抜け面を晒している。
「噂ってなんじゃ?」
「知らんのか。桃太郎とかいう少年の手によって鬼が退治されたっていう噂じゃよ」
「少年が鬼を退治? そんな馬鹿な話があるわけないじゃろうに」
 と言いいながらゆっくりと鬼に顔を向け、反応を窺う。鬼の表情は変わらない。いや、それどころかさらに深刻さを増していく。どうやら噂は真実のようだ。
「あの日、私は完膚なきまでにやられました。財宝はすべて無くなり、それ以来無一文の生活を強いられています。おまけに少年に負けた鬼という肩書きがついてしまい、鬼ヶ島では肩身の狭い日々を送る羽目になってしまいました。他の鬼から馬鹿にされ、罵倒される毎日……」
 予想もしていなかった鬼の現状に、二人の爺さんは何と声を掛けたらいいのか困った。そんな二人に構うことなく、鬼は続ける。
「そして、年に一度の節分の時期になると、豆を投げつけられるという誰もが嫌がる役目を押し付けられ、私は無理矢理に人間の住む町に繰り出されるのです。一晩中人間に追い掛け回され、痛めつけられる……その結果がこの様です。仕方ないですよね。それだけのことをしてきましたから自業自得です」
 二人の爺さんの前に現れるに至るまでの経緯が判明し、傷だらけの体が余計に痛々しく見える。
 重くなった空気に耐えられなくなった欲張り爺さんは、場を和ませようと無理に言葉を押し出した。
「要するにわしらは何も貰えないってことじゃな。まったく、何の為に助けたことやら」
 そう言って舌打ちをする欲張り爺さんに、鬼は聞こえないほどの小さな声で「すいません」と声を漏らす。
 

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