小説

『ピエロと蜘蛛の糸』阿倍乃紬(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

「僕が大事なたてがみを引っこ抜くなんて。今よりもっと格好良くするんです、任せてください」
 不審げなライオンの様子にお構いなしで、ピエロはあっという間に彼に飛びついた。飛びついたかと思うと、めちゃくちゃにたてがみをこすり始めた。もちろんライオンは驚いて騒ぎ始める。
「やめろ、やめろってば」
「あと少しです。ほら、素敵になりましたよ」
 ピエロによってもみくちゃにされたかと思ったたてがみは、上手い具合に絡み合って立ち上がり、ふさふさと豊かに見えた。ピエロは得意げに、私に感想を求めた。
「長老、どうでしょう」
「いいじゃないか。毛が立って、みずほらしさが無くなった」
「本当か、少しはましに見えるか」
 半信半疑の様子のライオンだったが、ディスプレイに映る自分の姿を見て満更でもない顔つきに変わった。
「おお、俺も少しは男前に見えるものだな。ピエロ、ありがとう」
「いいえ、少しいじっただけですから」
「ねえ」
 一部始終を黙って見てから声を掛けたのは、マダムと呼ばれる不細工な人形だった。ネオンカラーの口紅など奇抜な化粧顔に、ぼさぼさの髪を振り乱し、どんな場末の女性よりもすさんで見える彼女だった。
「ピエロ、私の髪をとくのも手伝って」
「もちろんです」
 こちらも、ピエロは嬉しそうにせっせと取り組んだ。マダムは自分の耳より前の髪を整え、マダムの手が届かない後頭部をピエロが受け持った。しばらくすると、やまんばみたいだったマダムの髪はすっかり素直になった。長い髪をこのままにすると絡まるからとのピエロの提案で、マダムの髪は一本のお下げに編まれ頭にぐるりと一周された。変身した姿に、マダムは満足げな様子だった。
「ありがとう。気に入ったわ、ピエロ」
「どういたしまして、素敵ですよ」
 黄緑とターコイズブルーの顔で、ピエロは笑った。
 

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