小説

『ピエロと蜘蛛の糸』阿倍乃紬(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

 私はこの訳あり品クレーンゲームのプラスチックケース内で、長老と呼ばれている。姿形はふくろうで、かれこれ五年近くこのゲーム機内に住まっている。こんなに人気がなければ疾うの昔に廃棄されていそうなものだが、どういう訳かひっそりとここで生き続けている。
 五年の間、毎日退屈でくさくさする日々だった。何の事件も刺激もなく、時間の変化は商店街の時報放送、季節の変化は訪れる人の服装で読み取るのみだ。私も、早く人間に「身請け」されたかった。
 なぜ自分が、一向に人間にもらい受ける気配がないのか。日がな一日暇の身分なので、長老と呼ばれる今日に至るまでそのことについてよく考えたものだ。私は全てにおいて中途半端なのだった。ふくろうという動物は愛でるべき対象にもなりにくく、かといって爬虫類愛好家のような、マニアックな趣向をそそるわけでもない。この身体は人間を抱きしめるのに十分な包容力はなく、といてマスコットにするには大きすぎる図体だ。これに加え、今はもういない同期からは、表情がニヒルで愛着が持てないのではと指摘された。この顔つきは生まれたときから針と糸で確かに刻みつけられており、私の努力ではどうにかできたものでない。私は外への脱出に憧れを抱きつつも、半ば諦観することを覚えた。
 好きなものはと聞かれてもすぐに思い浮かばないが、嫌いなものならいくつか挙げられる。一つ目は粗暴な男子中高生である。奴らは金を払ってゲームする気のないくせに、ただ機体を揺らしてなんとかぬいぐるみを取り出せないかと試みる。昔はそれでも外に出られるかもしれないと希望も持ったが、現在はそんな方法でゲーム機の外に出ることは不可能と理解している。ただ不快で乱暴な機体の揺れに気分を悪くするのみである。二つ目に嫌いなのは、人間受けの良い小動物や愛玩動物のぬいぐるみだ。彼らは同じく訳あり品としてここに身を落としたにも関わらず、何の辛酸も嘗めぬまま早々に旅立っていく。入った初日にさめざめと泣いて我が身を憂いていたチワワが、三日後にとある親子連れにもらわれていったときは、世の不条理に心が震えた。
 ゲームセンターを訪れる人の身体から、分厚いコートやマフラーがはがれていった。春が来たのだ。
 

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