小説

『死にたがりの人魚姫』東村佳人(『人魚姫』)

 その生活が終わったのは陸から上がって十三回目の晩。いつものように波と月と口笛を楽しんでいると、何処からか私を呼ぶ声が聴こえた。声に呼ばれ、流木の杖を突きながら夜の砂浜を歩くと、対岸に四つの浮かぶものが見えた。私は初めて、肝が冷える、というのを体感した。姉さん達だ。私を連れ戻しにきたんだ。四人の姉さんは私を見付けるとすぐに近くまで泳いできた。てっきり物凄く怒られると思った。何も言わずにいきなり姿を消して、今の今まで隠れるように陸にいたんだから。でもそうじゃなかった。姉さん達は泣いていた。
 人魚の涙は真珠になる、真っ白な真珠に。ぽろぽろと幾粒もの宝石を海に零しながら私に声を掛ける姉さん達。違和感があった。姉さん達が泣くことにではなく、もっと判りやすい、見慣れた姉さん達と違うところ。全員髪が肩よりもうんと短くなっている。長くて綺麗な髪が自慢だったアリア姉さんも、綺麗な顔をしてそれによく似合う艶やかな髪を持っていたウルナ姉さんも。皆一様に短くて、顔をくしゃくしゃにして泣いている。
 どうして? どうしてそんなに泣くの? 私はここにいるよ。
 声が出ないけれど、私は必死に手を振った。体のあちこちが悲鳴をあげて、鋭い痛みが襲ってきたけれど、それに構わず手を振った。
 なんで急にいなくなったりするのよ、とエレーン姉さんが澄んだ美しい声で私を責める。イリーナが戻って来られる方法を一生懸命探したのよ、とオーリ姉さんが叫ぶ。私を愛してくれていた全員が、私のために泣いている。どうしようもなくそのことが嬉しくて、それなのにどうしようもなく腹が立って、私もついには泣いてしまった。両目の淵が熱く、鼻の奥がつんと痛んで、涙が出てくる。人魚の涙は真珠になる。そのはずなのに私の目から流れるのは透明な液体の涙だけだった。手と貰った服と砂浜を濡らすだけの頼りない涙。

 どれくらい経っただろう。五人の姉妹が泣き果てて、一番気丈なオーリ姉さんが――本当なら人魚が来たら危ないくらい浅瀬まで泳いで――私に短いナイフを渡した。私達の髪を交換してもらったの、それで恋をした相手を一突きすれば薬の呪いが解けて、また皆で海で暮らせるから、このままだとイリーナは死んでしまうのよ、と泣いて。心臓が、海の中では意識したことのない程強く跳ね打って、これが高鳴るってことなんだ。私はそれを受け取って、どんな顔をすればよかったのだろう。ありがとう、の代わりに微笑んで――服が濡れるのも気にしないで――オーリ姉さんを抱き締めた。人間になってしまった私より、姉さんの体はひんやりしていた。
 

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